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2017-05

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ギリギリセーフっ!! - 2013.03.07 Thu

やった!

BBL(ベジャール・バレエ・ローザンヌ)の公演チケットをゲット!

ネットで、チラホラ話題に上がっていたので、アンテナを伸ばしてみたら、あらららら・・
もうすでに後半で、あと3日間しかないではないか。
2013年の日本公演だと?

でも、おかしいなぁ。
BBLのメルマガ読んでいたし、アンテナは常に張り巡らせていたつもりだったのに。
自分の情報収集力のインチキさ加減にびっくりだ。

前半のAプロはすでに終了し、残るはBプロのみ。
でもこのBプロの演目である『ライト』はずっと観たかった作品で、しかも全編上演だというから、良かったとしよう。

この『ライト』、かつてジョルジュ・ドンと森下洋子さんが踊った作品だ。
南米だったかな? コンテストか公演かで踊っている森下さんを、やはり公演のためにその国を訪れていた二十世紀バレエ団(当時)のジョルジュ・ドンが見つけて、ベジャールに薦めたと、どこかで読んだことがある。

そして、ベジャールによって、彼女のために作られたのがこの『ライト』。
1981年の作品と言うことだから、もう30年以上前のことになる。断片的には、テレビや動画サイトで見たことはあるけれど、全編だなんて、もう垂涎ものだ。

今度の日曜日だ!
部屋の中で根っこの生えた脚を、力づくで引っこ抜いて、行ってくるぞー!

これからもBBLの公演は、何があっても、どんなことをしても、絶対観るんだ。

嬉しいなぁ。

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小林十市 × 大柴拓磨 ダンスアクト 『ファウスト・メフィスト』  - 2011.12.22 Thu

先週の金曜日(12/16)、ライブハウス、 新宿BLAZEにて、小林十市 × 大柴拓磨 ダンスアクト 『ファウスト・メフィスト』 を観て来た。

ライブハウスとは言っても、小さめながらステージもしっかりとあって、小劇場といった感じ。
私の座席は中央列の左から2番目、前から2列目という、大いなる何かを期待して余りある好位置!
めったに買うことのないパンフレットを購入して開演を待つ。

開演のアナウンスが始まると、なんと十市氏ご本人の声だ。
はじめは大真面目に、やがて某声優さんを模したかのような(いや、きっとそうだ)語りっぷりとなり、張り詰めた観客席が一気にほぐれてきた。

と思うと、カツカツという靴音が、座席後方から近づいてきて、案内嬢に連れられてひとりの男性が・・・。
あれっ?と思う間もなく、私のすぐ横(正確には、私の隣のひとりをはさんで)に十市さんが佇み、「ボクの席は・・」と探しておられる。
(ほぉ・・、そう来ましたか)と余りの近さに驚いている間もなく、彼はステージに軽々と飛び乗り、ここからは舞台上の人となる。

ステージの上には、木製のしっかりとした椅子が2脚と、バーレッスン用のバー(可動式)。
そこへ、大柴さんが登場。
ふたり腰掛けて、初対面の挨拶から始まって、今回の舞台を創るに至る経緯をなぞるかのような対話が繰り広げられる。ここで、ファウスト=小林十市、メフィスト=大柴拓磨であることが、明らかにされる。

ここまでは、まさに小劇場の幕開けといった感じなのだが、まず何より驚いたのは、十市氏の声が、しっかりよく通ること。伊達や酔狂で舞台数を踏まれてきたのではないことに、感服。

もっとも、ベジャールさんの『リュミエール』の中でも、そのよく通る声で台詞を語る場面もあったけれど、ナマで耳にするのははじめてのこと。たぶん、この発声は、すでにプロのものだろうと、感じ入る。


ステージは、『ファウスト』のストーリーを基礎工事として、独自の展開を構築する。
もうここからは、ただただ息を飲む思いで、舞台上のふたりを追い続けた。
まさに目の前、手を伸ばせば届くほどの距離で、世界的ダンサーの経歴をもつふたりが踊っているのだ!

腰を傷めてベジャール氏のもとを離れてから長いブランクのあった十市さん(去年、『M』を踊っているとはいえ・・)、42才となり、オペラ座ダンサーならばすでに引退期を過ぎている年齢の十市さんが、ひと回り年下の大柴氏と、見事なアンサンブルを踊っている。

私の胸は、いっぱいになる。
まるで母のような、感動、感謝、温かな思いに溢れる。
そこで踊られているのが、ストリート系ヒップホップだろうが、スターウォーズ系(?)殺陣だろうが、コンテンポラリーだろうが(そのすべてを彼らは踊った)、今ここで十市氏が踊っている!、その事実に胸が熱くなる。

最終章で、ワーグナーの『ローエングリン』(前半を大柴氏、後半を十市氏、それぞれソロで)は、圧巻だった。



帰宅してからの数日、十市氏の映像を観続けた。
『タンゴ』、『くるみ割人形』、ほんの細切れながら、『火の鳥』・・
ベジャール・ダンサーとして、ベジャール氏に可愛がられ大切にされていた時代の十市さん。
ときにはミッシェル・ガスカール(二十世紀バレエ団時代からの貴公子、現ルードラ・バレエ学校校長)と、
ときにはジル・ロマン(言わずとしれた現ベジャール・バレエの芸術監督)と、
肩を並べて踊っていた十市さん。

まだまだ行けるじゃないですか!
踊ってください。
踊り続けてください。
長い長い時をかけて作り続けた肉体、技術、心、そして才能を、手放して欲しくないと思う。

パンフレットのインタヴュー欄にあった『座右の銘』に、「心素直」とあった。
これこそ、小林十市をひとこで言い表した言葉だと思う。
それは彼の踊りにも、ブログにも、そのままストレートに現れていて、まさに彼そのものなのだと思う。


何よりも、たくさんの迷いや不安の中で、今回の企画を決行された勇気に拍手を。

大柴さんと言う素晴らしい才能との出逢いに拍手を。



ありがとうございました。

ジャーン!!! - 2011.12.09 Fri

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2ヶ月間、迷いに迷ってほとんど諦めかけていたチケット、思うところあってついに買ってしまった!

何年ぶり、いや、何十年ぶり、いやいや、私にとっては何万年ぶりのナマ舞台だ。

この日の前後、仕事があるから、徹夜覚悟の鑑賞となる。

それでもいいのだ~。


そして、チケットを受け取りに行ったコンビニで、一緒に買った今日の夕飯。

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当分は、これでいいのだ~♪




ベジャール、BBL、そしてジル・ロマン③ ディオニソス - 2011.04.05 Tue

多分、これが私が見た『ディオニソス』。
舞台背景は横尾忠則氏の作品。
前に立つのは、ニーチェを演ずるルーベン・バック。

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当時のジル・ロマン。
若い!
20代前半ぐらいだろうか。


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そしてジョルジュ・ドン。
30代半ばぐらい?




雑誌『ダンス・マガジン』(2008年9月号)で、ジル・ロマンのインタヴュー中、こんな対話がある。


三浦(インタヴュアー)
『ジル・ロマンというと有名な、黒い髪、黒い瞳……。そして、ジルさんは舞台で言葉を発することがよくあるけれど、その声も黒なんですよ。』

ジル・ロマン
『ジョルジュ・ドンはブロンドの髪の持ち主で、存在そのものが光輝いていました。私は自分が存在する場所を見つけるために、黒くならなければならなかったんです。(笑) モーリス(ベジャール)はいつも言っていました。歌手のバルバラは私の黒い光だ、と。私もきっと彼の黒い光であったのではないかと思います。私は輝く黒でありたい。』


また、ベジャールとジュルジュ・ドン、ジル・ロマン、この三者の関係について、
『ドンとモーリス、モーリスと私、この二つは双子の関係にあります。』とも、ジルは語っている。

黄金の獅子であるドンと輝く闇であったロマン。
そして今、黒く輝く闇、ジル・ロマンが、ひとり残された。



ベジャール、BBL、そしてジル・ロマン② 追跡編 - 2011.03.31 Thu

長い長い間離れていたベジャールの世界。
再会は思わぬとき、思わぬところで訪れた。

この半年あまり、映画(邦画)を見続けていたのだが、ネットでの無料レンタルも終了したのち、見たい映画だけ借りるスポット方式に切り替えた。そのレンタルショップで、ベジャールのDVDを発見。2本あった。

『ベジャール、バレエ、リュミエール』(2002年)
『ベジャール、そしてバレエはつづく』(2008年)

『ベジャール、バレエ、リュミエール』は、フランスの歌手、ブレルとバルバラの音楽と、リュミール(光)をモチーフに、その振付過程、制作過程を追ったドキュメントである。

老いてなお矍鑠としたベジャール。鋭い眼光には、創作への飽くなき炎と、それにも増して温かさや慈しみさえ宿して、若いダンサーたちの前に在る。

二十世紀における舞踊界にあって、あまりに大きな存在だったベジャール。
彼の大きさは、舞踊界にとどまらず、さまざまな芸術、文学、文化と深く関わり、影響を与えてきた。
彼は亡くなる直前まで現役であり続けた。

ベジャールを失ったバレエ団は、どうなるのか?
そもそもバレエ団とはいかなるもので、どうやって存立し、どのように継続してゆくものなのか・・

恥ずかしながら、そんなこと考えたこともなかった。
どこかの企業や大富豪がパトロンとなって経済的バック・ボーンとなっている?・・・いや、そんなこともおぼろげに想像するだけで、公演や学校経営だけで採算がとれているのかどうかすら、考えてみたこともなかった。

BBLはどうだったのだろう?

『ベジャール、そしてバレエはつづく』は、ベジャールという巨人亡きあとのカンパニーの苦悩、そして再起への日々をつづったドキュメンタリー映画である。

現在BBLが本拠としているローザンヌ市が、年間巨額の財政的援助をしていることが明かされる。だがそれも3年ごとの契約となっているようで、主であったベジャールの不在は、カンパニーにとって、財政的にも最大のピンチとなる。

ベジャールなしでも、カンパニーとしてちゃんとやってゆけるかどうか・・。
団員たちは試されていた。ひとりひとりが試されていた。
中でも、ベジャールの後任として、芸術監督を託されたジル・ロマンは。

彼は新たな作品創りに挑戦した。
それは、ベジャールとの約束でもあった。
新しい作品を創り続けること。若いダンサーを育てること。
過去にとらわれずに前進すること。

ジョルジュ・ドン亡きあと、ベジャールの片腕として、ひとりの天才ダンサーとしてやってきたジルの肩に、あまりにも大きなベジャールからの贈り物。どんなにジルが優れたダンサーであっても、どれほど魅力溢れる演技者であっても、あの巨星ベジャールの不在の穴を埋めるのは、あまりにもきつい。

それでも彼は、一歩一歩前進することを選んだ。
そして、新作『アリア』を創り上げる。
文字通り、ダンサーやスタッフすべての力で、渾身の作品を産み出し、世に問うた。

この過程は、実はこのドキュメンタリー映画1本だけには収まらない。

この後、さまざまところから手当たり次第情報を収集して、少しずつ私の中のベジャール年譜ができあがりつつある昨今。

それでも、生前ベジャールが生み出した数百に及ぶ作品と、これからジルを中心にBBLが生み出してゆく幾多の作品のうち、いったいどれだけ触れることができるだろうか。天に散らばる星々を集めることよりも、もっとむずかしい気もしている。





ちなみにこの映画、原題を『le cœur et le courage(心と勇気)』という。
作品の最後に、こんなテロップが付されていた。

Les enchanteurs pourront bien m'ôter la bonne chance;
mais le cœur et le courage, je les en défie.

       Don Quichotte, Ⅱ, 17

魔女に幸運を奪われても
心と勇気は守り抜く

       ドン・キホーテ 第2部 第17章



・・・・ 書きたいことがありすぎて、全然まとまりません。ご容赦ください ・・・・

ベジャール、BBL、そしてジル・ロマン① わが出会い編 - 2011.03.31 Thu

日記のテンプレートを、トップの画像を自由に差し替えられるものにかえてみた。

画像は、ベジャール亡きあとのBBL(ベジャール・バレエ・ローザンヌ)芸術監督のジル・ロマン。

1981年公開の『愛と哀しみのボレロ』で、日本でも一躍有名となったジョルジュ・ドンと、彼が所属し、ベジャール率いる二十世紀バレエ団。

私がベジャールの存在を知ったのは、その少し前だったか・・?
少女漫画に『SWAN』(有吉京子作)というのがあって、漫画嫌いの私がなぜかたまたま手にしてはまってしまった。バレリーナを志す少女のサクセス・ストーリーの大長編なのだが、その中に、当時の名だたる振付家やバレエ団が描かれていた。詳細は全くといってよいほど覚えていないのだが、唯一、ベジャールについて語られていたあたりだけが記憶に残った。

≪世界には、生まれつき大きなエネルギーを持っている人がいる。モーリス・ベジャールもそうだ。
彼のそのエネルギー、パワーゆえの吸引力は、優秀・有能な人々をはじめ、たくさんの人々を惹きつけている・・・≫

うろおぼえなので、間違っているかもしれないが、私の中にはそう記憶された。


そのベジャール作品をはじめて見たのは、多分、テレビで放映された日本公演の録画映像だったような気がする。
時間が前後するかもしれないが、おそらく2~3回分の公演を見ているのだと思う。

ジョルジュ・ドンはじめ、ショナ・ミルク、パトリス・トゥーロン、ミシェル・ガスカール・・・などの名前が記憶にある。

衝撃的だった。
強さ、美しさ、斬新さ、楽しさ、難解さ、自由さ・・・画面から目が離せなかった。

そして映画『愛と哀しみのボレロ』。

いつだったか、来日公演を観に行った。
たしか、上野の文化会館だったと思う。
事前にチケットを買っていなかったために、二階の隅っこのあたりの席だったが、それでも生で彼らのステージを観ていることの緊張と興奮と幸福感は、得も言われぬものがあった。演目は『ディオニソス』だったと思う。

ジョルジュ・ドンが、脂の乗り切っていた時代で、彼はゼウスとワグナーの二役を。
ディオニソスをミシェル・ガスカール。
息子をジル・ロマン。
舞台背景を横尾忠則。

その後もしばらくは、バレエ団の動向をうかがい、録画したビデオを何度も見たりしていたのだが、その後私自身の人生が激動期に突入してしまい、どこかで気にかけながらも追いかけることができなくなっていた。

そして長い時間が流れる。

1992年11月30日、ジョルジュ・ドンが亡くなる(45歳)。
私はずっとあとになって知った。

2007年11月22日、モーリス・ベジャールが亡くなる(80歳)。
このことさえ、かなり時間を経てから知った。

かつての二十世紀バレエ団も、いつの間にか名称をかえていた。

そして、私が夢中になって目を凝らして見ていたころのダンサー、ミシェル・ガスカールはBBLの付属バレエ学校であるルードラ・ベジャールの校長に。天才ダンサーとうたわれたジル・ロマンがベジャール亡きあとのBBLの芸術監督となっていた。


時は過ぎていた。
思いがけなくも、たくさんの時が流れていた。


・・・と、ここまでが私の、『ベジャールとの出会い編』 ^^; ^^; ^^;


ジョルジュ・ドン 『ボレロ』






こちらも見てやってくださいませ。

ジョルジュ・ドンへのオマージュ






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