topimage

2011-09

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ぎゃーっ!゚(゚´Д`゚)゚ - 2011.09.23 Fri

ゆうべのこと。

チビとニャンが元気いっぱい遊んでいた。
全速力の追いかけっこ。
一階から二階へ、二階から一階へ、階段も部屋の中も、ダダダダ・・・とマシンガンのような爆音を立てながら走り回っている。いつものことなんだけど。

パソコンで調べ物をしている私の真横で、ガッシャーン!と強烈な音。
あっ、あっ、あれぇ~~~~~~~!!!!\(◎o◎)/!

な、なんと、外付けのハードディスク一体と、細かな破片が床の上に。
えっ? えっ? えぇ~~~っ??《゚Д゚》????

この一瞬にして、過去十年近くのデータが・・・消えた。
♪きえた~、きえた~、すべてが消えた~<と、チューリップの歌のメロディーで♪

こらあーっ!
何やってんの。
あんたたちはもう!
まったくぅ・・・

はじめて私の怒りに接した若ニャンズ、二匹そろってフリーズ。
それを見た途端、思わず吹き出しそうになったのをぐっとこらえ、しばし説教を垂れる。
神妙な顔でシュンとなった二匹。
歩く姿もうなだれて、忍び足。

腕白すぎるぞー、あっちに行ってなさいっ!
と怒りモードを装ったまま言うと、
二匹してすごすごと隣の部屋へ。

よしよし、反省しとるな・・
・・・んなワケないか。

1分と経たないうちに、デスクの影からおチビがそーっと顔を覗かせて、相変わらずのいたずらっ子の目玉をキョロキョロさせている。
兄貴分のニャンは、ちょっとは神妙そうに見えたけれど、今朝はケロっとしたもんで、また階段マシンガンをやっている。


110923_2100~01chibi



先週は、長年愛用してきたマグカップを割られた。
ホントにもう、元気持て余して、やんちゃにもほどがある。
けど、それが可愛いくて憎めないから、困るのだ☆\(^^;


・・・・・・・

てなことで、2つのホーム・ページのファイル、桃頭巾やちび介の写真、オフ会や友人たちの画像データ、書きかけも含めた小説など、チマチマと集めたりまとめたりした資料その他、ぜーんぶ、キレイさっぱりと消失したのでありました゚(゚´Д`゚)゚


追記:

チビやニャンを見ていると、ダイ君は同じ男の子でも、ずいぶんおとなしかったんだーと、今になって知る。おとなしくって繊細だったんだ。気がつかなくて、ごめん。
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父親の抱擁 - 2011.09.21 Wed

父が父らしく在るために、男として在るために、一家の主として在るために、その役割に振られた台詞を吐き続け、その役柄に相応しい表情や態度を取り続ける。それは素敵なことで、必要でもあり、悪くないと、私は思う。

それでも、その頑なさは自らも含めた周囲の人間、特に女房や子供らを縛りつけたり、可能性や自由や関係性を壊したりいびつに歪ませたりすることも往々にしてある。

あるいは、それをバネとして、スプリング・ボードや反面教師として、飛び立つ原動力となったりもする。

男性に限らないだろう。
その人が生きる時代や国家、地域に応じて、女性にも当てはまることではあるのだが。

それでも、ふとしたことから、固くまとった役柄の鎧の裂け目から、やわらかい心の温もりが漏れ出ることがある。
凛と筋金を通したクールそのものに見える人となりも素敵だが、そこから漏れ出てしまう温みは、ドキドキするほど感動的だ。


映画『リトル・ダンサー』、それから日本テレビ制作ドラマの『冬の運動会』(リメイク版)を見て、そんなことを思った。頑固だったり意固地だったりする父親のハグは、何にも増して温かく、力強く、感動的だ。


遅々として進まぬ読書なれど - 2011.09.20 Tue

『海炭市叙景』   佐藤泰志 著

 ≪ひとつの町と、そこで暮らす市井の人々を描いている。町の物語であると同時に、八人の主人公とその周辺の人々を描いた群像劇でもある。・・・≫ 小学館文庫『海炭市叙景』あとがきより≫

第1章9編、第2章9編の計18編の短編から成る、未完の短篇集。
全編を通じて、淡々と描かれていて、その静謐が心地よい。
市井の人々の日常の断片の連なりであるがゆえに、大きな起承転結的結末は用意されておらず、終わりが見えない。ダカラ、ナンダッツーノ? と、何度も思うのだが、だからこその作品群であり、だからこそ胸に染み渡る。

こういう力みも澱みもなく、削げるものをきれいに削ぎ落とした文章への憧れ。



『2050年は江戸時代』  石川英輔 著

発想も着眼点も面白いところいっぱいの、いわば近未来を描いた物語。
物質文明が行き詰まり、自ずとリサイクルと自給自足の江戸時代の農村社会へ回帰した社会(どうやら21世紀らしい)を描いていて、現在社会への提言も多々含まれてはいるのだが、ことがことだけに、笑いなしには読めなかった。たとえ苦しんだり足掻いたりしたとしても、こんなふうにうまいこと推移できるのなら万々歳なのだろうけれどね。システムとしての世の中も、ヒトそのものの暮らしや習慣・感性・体力などなども、そう簡単にスイッチできるものではないだろうな。



『閃光』   永瀬隼介 著

力感のある作品。
玉川上水に上がった扼殺事件(現代)から、30数年前に起きた三億円事件がひもとかれてゆく。
かつて三億円事件に関わったことのある老刑事と、出世志向バリバリで根性ひん曲がった若手刑事コンビが、これに当たる。三億円事件の謎解きとしても、面白かった。こういうこともありえるんだろうなーと思わせてくれる。

この作品、映画化されていて(ロストクライム ー閃光ー) 、主役刑事役を奥田瑛二と渡辺大が好演している。特に渡辺大(渡辺謙の息子)が、癖のある若手刑事役を、嫌味を見せて演じているのには苦笑混じりの拍手喝采だった。


その他、平成17年2月号のオール読物より

『供物』 浅田次郎 著

浅田次郎にしては固い語り口を感じた作品だが、やはり『ホロリ』は忘れていない。
ちょっとつらいな。


『浮島の森』  桐野夏生 著

これまた桐野夏生っぽくない雰囲気で、純文学的世界を描いている。モデルは佐藤春男かな?とふと思ったが、全く違うかもしれない。


『クラッシュ・ウーマン』 熊谷達也 著

面白かった。熊谷さん、こういうスタイルもいいな。
躍動感が気持ちよい。


『冬の観覧車』  小池真理子 著

女心と都会の寒さが妙にマッチする。揺るぎない。


『おこた』  重松 清 著

ほのほのしているかと思えば、ズシッと重い。この持ち重りが『おこた』そのものに集約されていて、暗くなり果てることない余韻を醸し出しているようだ。


『命毛』  出久根達郎 著

若かりし頃の樋口一葉を描いている。もう少し先を読んでみたい。


『一夜まで』  唯川 恵 著

印象が薄くて、感想メモ記せず。


『風の誤算』  連城三紀彦 著

≪噂≫は自然に流れるもの? それとも仕掛けられるもの? はたまた仕掛けるもの?
面白かった。


『レオナルドの娘』  花村満月 著

結末がちょっとエグくて、花村さんらしいと言えば言えるのかもしれないけれど、ちょっと引いてしまった。


『タケヤブヤケタ』  藤沢 周 著

いやあ、コワイですなー!
これは友人某momoさんにお薦めしたい一品。



小説雑誌で短編を読む、と言うのは、結構疲れるものだ。
しかもこれだけソウソウたるメンバーの作品たちだ。
ひょっとすると、私には合わない読書スタイルかもしれない。


夢! - 2011.09.19 Mon

 半分だけ閉めてある東側の雨戸が、ガタガタ鳴っている。
 近づいて来ている台風の影響だろうか。

 普段なら目の覚めない時間に、ふと目が覚めた。
 覚めるや否や、
 うわぁー! と明るい叫び。
 うわぁー! ムトウさんだぁ!

 うん。
 ムトウさんの夢にどっぷり浸かって目が覚めたのだった。
 なんでー? どうしてー?
 半分しか覚醒していない頭の中に疑問符が飛び交うが、それ以上に、嬉しさと楽しさ、儲けたぞーという想いに満たされた。

 そう言えば、ひと月程前にも、ムトウさんは夢に現れた。
 でもそれには理由があった。
 俳優のヨシオさんが亡くなった直後のことで、彼が出演している映画のビデオを何本も見続けている時期だったのだ。
 若い頃のヨシオさんを見ると、なぜかムトウさんを連想する。ムトウさんからヨシオさんを連想することはないのに。

 ついでながら、ジョルジュ・ドンを見ていると、ヨシオさんを思い出すのだが、ヨシオさんからジョルジュ・ドンを想起したことは一度もないし、ムトウさんとドンが連想の環でつながることもないのだが。

 奇妙だが、まあよくある連想ゲームのひとつなのだろう。


 で、今しがたの夢の話。
 登場人物は、ムトウさんと、いるかいないかわからないほど影の薄い連れの男一名、母、息子とその友人。

 あっ、ダメだ。
 夢って、言葉にしようとすると途端に嘘になる。
 ホントのことでなくなって、パチンと弾けとんでしまう。
 余韻として残る夢の記憶の色合いや肌触りや味覚のようなほんのりとした温もりや、胸の中を騒がせたさざなみが、消滅してしまうのだ。

 だから、ストーリーは記さないことにする。
 ただ、ずいぶん久しぶりの再会、
 それなのにとても陽気で楽しく語らい合い、ひとつの時を過ごし、同じ日常の中にいる愉快さ。

 ムトウさんというのは、ずっとずっと昔の大昔、大好きだった人のこと。大好きなのに、最初から最後まで私の片想いで、だからこそ一生懸命想い続けた人のことだ。

 もう何十年も会ったこともないのだが健在ならば結構な歳になっているわけで、でも当然ながら夢に登場したムトウさんは、昔のままの青年だった。

 私、もしくは私の意識は現在の私のはずなのだが、これまた不思議と釣り合っていて。
 って、不思議でもなんでもないか。
 だって夢の話なのだから。
 これぞ夢の妙味なのだから。

 それにしても、よい夢をみたものだ。
 楽しい夢をみたものだ。


余段:

ここまでを、寝床の中で、手近にあるノートに鉛筆で書きなぐった。
手書きで文章を綴るなんて滅多にないこと。
書いてみたら、漢字を全部スラスラと書くことができた!
これは快挙だろう。

筆が重い - 2011.09.18 Sun

先週のこと。

9月12日月曜日午後7時45分。
婆ちゃん猫が逝ってしまった。

1日だけ苦しんで、最後は、長女がやって来るのを待っていたかのように、
私と娘に見守られながら、亡くなった。
18歳になったばかりの暑い1日。



080720_1156~01gonyan




とにかく楽しい子だった。
おかしな子だった。
常にマイ・ペース。
どんくさくて ブスカワイくて 憎めないキャラで、
誰からも可愛がられると言うようりも、イジラレ・キャラで、
おもちゃ扱いされて、
笑われて、
それがイヤだと言って怒ってみて、
それがまたオモシロ・可愛いと笑われて・・・。
そんな子だった。

忘れないよ! ごーにゃん!
ずっとずっと。


その翌日。

猫とのお別れも十分にできないまま、
実家へ。
2週間ほど前に、弟から連絡をもらい、
今のうちにオヤジに会っておいた方がよいと。

足腰が弱り、まともに歩くことが出来なくなっており、
記憶もあやふやになりがちで・・。

玄関の扉を開けた私の顔をみとめた途端、
「会いたかったよー、ずっと会いたかったんだよー」と
泣き出した父。

一度だって人前で涙なんて見せたこともなければ、
泣き言も口にしたことがなかった父。

それでも、よく笑い、よく喋り(とは言え、一日の大半はウツラウツラ半睡状態なのだが)
穏やかに過ごしている様子。

この日は一泊して、翌日とんぼ返りで帰宅した。

後日、病院の再検査の結果を、義妹が報せてくれた。
アルツハイマー・・




帰宅後、なかなか眠れない日が続いている。
眠っていても、父や母や猫たちが交互に現れて、
それが嬉しくて目が覚めてしまう。


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