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2017-11

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薄衣 - 2015.02.07 Sat

ことばという薄衣に包まれたいと、ふと思った。
こんなのはじめて。

もったいないので、ブログに向かうことにした。

話すことには自信がない。
メールは、もっとない。いや、むしろメールは苦手だ。

1日のうちのほんの瞬時、いや、ひょっとすると1週間のうちのほんの瞬間かもしれないが、
「ことば」についての思いが去来する。
もちろん、思考なんてお堅いものじゃなくて、気まぐれな感想だったり惑いだったり嫌悪や憎悪だったりときに憧憬じみたものだったり、はてなマークだらけだったり、ただの混沌だったり・・・。
つまりは、その瞬間が過ぎたらすぐに忘れてしまう程度の思いなのだろうと思う。

ことばは魔物、ことばはコワいと、まず思う。
ことばに酔わされたり、ブンブンと振り回されたり、体の中を引っ掻き回されたり。

ことばに対する疑念がある。
そこに如何ほどのマコトがあるのか、なんてかっこつけて言わなくたっていいんだけど。

いやいやいやいや、そうじゃない。
一番信じられないのが、自分が吐くことばなのだろう。

だからと言って、決して無口にはならないのが、可笑しいったらないね。

よく眠りよく食べ - 2014.11.27 Thu

 病院へ。
 検査3種と診察とお薬をもらう。どれも滞りなく終わる。今日はどこでも待たされもせず、予定よりずっと早く終わったのだけれど、院内を歩いて移動しただけで疲れてしまった。普段、全然歩いていないからなぁ・・

 帰宅後、1時間ほど爆睡。それなのに夜は夜で眠い、ねむい。
 最近、食欲も旺盛で、まあよく食べること。
 よしよし、健康な証拠だ。

緑の携帯と友だち - 2014.11.27 Thu

 昨日、携帯の機種変更をした。
 通話中、相手の声が聞こえなくなったり、バッテリーが極端に弱くなっていたので、替えることにした。修理でも良かったのだけれど、今日、明日と外出予定があり、携帯必須だったため、急遽ショップへ飛んで行った。
 今回も頑固にガラ携だ。ところがショップに入ってビックリ。スマホやタブレットは所狭しと陳列されているのに、ガラ携のわびしさったら! 機種も少なく、色やデザインを選ぶ余地なし。真っ赤とか鮮やかなブルーなんてのがあったらいいなと思っていたのに、とーんでもない。しょうがないから、オレンジを選んだら、「ただ今、品切れです」と。
 あとは、白か黒、ピンク、黄緑。究極の選択気分で、えいっやーとばかりに黄緑色にした。私好みのグレイッシュ、もしくはパステル調の黄緑色じゃなくて、メタリックな、蛍光色っぽい黄緑色だ。

 バッグの中や、部屋の中で探しやすい色かも・・? すぐに春もやってくるからいいかも・・?
 なんてことを慰めにすることにした。

 機能的には、極端にそぎ落とされているように感じる。ディスプレイ画面や音などの細々としたカスタマイズも限定されているようだし、デフォルトのままガマンしなくちゃならない要素が多くなっているみたい。
 その分、スッキリとわかりやすくなっているところも多々あって、これはこれで、慣れれば問題ないのかもしれない。

 待ち時間が長かったので、お試しタブレットをいじって遊んだ。
 ガラ携とスマホ、タブレットにパソコン。パソコンだって用途に応じて大きいのやら小さいのやら何やらかにやら。
 自分にとって何が必要なのか、きちんとわきまえておかないと、新種が登場するたび振り回されてしまうね。

 今日は、半年ぶりの友人たちと会ってランチ。生活圏より遠くへは出て行けない私のために、足を延ばしてくれた。
 雨降りの寒い一日。

宮部みゆき著 『ペテロの葬列』 - 2014.11.19 Wed

 久しぶりに宮部作品を読む。

 この作品が原作のテレビドラマを観ていたのだが、どうにも納得がいかなかったり、わからなかったりしたものだから、原作を読んでみることにした。

 原作は、実にわかりやすくて、なるほど~そういうことだったのかと得心。
 同時に、この作者の、ひとに対する眼差しのやさしさが、今更ながらわかったような気がした。

 …と、ほとんど1年ぶりのブログ更新で、書きたいことはいっぱいあるのだけれど、まあボチボチとことば慣らしをしていこう。

休み明け - 2013.12.04 Wed

しばし、仕事としての作品作りから離れていて、久々にふっかーーーつ!
と思ったら、どうも腰砕け。
少しだけ作り溜めてあった数点のアップ作業に取り掛かった初日はよかったのだが、2日目、3日目と続かない。

おサボリから抜け出すのには、しばし時間がかかるかもしれないな。


この休み中、何をしていたかというと、
病院通いして、いろいろ検査して、入院して、手術して、退院した。

コトに当たっては、まずは最悪の事態を考える。

これ、どうやら私の思考パターンらしい。
今回も、まさにその通りで、人生の終わり方までの道筋を考えて、
そこから逆算しながら、行動方針等々を考えて、
そしたら、スコンとハラが座って、気持ちは楽になった。

そう、必ず終わりはやってくる。
それが明日なのか、3年後なのか、20年後なのか、はたまた50年後、100年後なのか(それはないか)は、神のみぞ知る。

今、生きて在るものたちが愛おしい。

お休み - 2013.09.29 Sun

しばし、出品向け制作はお休み。

久しぶりに、自分用のものを作っている。
一昨日は、部屋着としてのイージーパンツ。
グレーの少し厚手の麻で作った。
適度な張りとシャリ感があって、気持ちよく着用できる。

今日は、大きめのトートバッグ。
オリーブがかったくすんだ茶系の麻をベースにしたもの。

自分がホントはどんなものが好きで、どんなものを身に着けたいのか。
自分用の物づくりの中で、見えてきたらいいなと思う。

キレギレに - 2013.09.29 Sun

死を意識し始めたのは、きっとそう遠くないころだったと思う。

もちろん、幼少期からこの方、死と遭遇したり、意識したりすることはあったはずだ。
思春期あたりには、自死について考えたこともあったはずだ。

近親者や友人知人の死、たくさんの動物たちの死、著名人の死・・。
距離感や切実さは違っていても、そのつど、何がしかを感じ、考えもしてきたはずだ。

そういう意識のしかたとは違う・・・もっと身に迫った自分自身の死とか、人生の終わりとか、そこへ向かう日々のこととか。

一番強く、自覚的に意識したのは、忌野清志郎の訃報に触れてからだった。
同世代だからと一言で片づけることもできるが、もう少し言えば、同時代を生きてきた人として、しかもキャッチしきれていなかった人だからこそ、衝撃も大きく、その喪失感には激しい焦りすら伴っていた。

ちょうどその時期あたりから、かつて好きだった人たち(著名な方たち)の訃報が、ホロホロと聞こえて来はじめた。
同時に、もっと身近なところでも、身内や深く関わった人、長年一緒に過ごした猫たちなどなど・・次々と喪った。

私自身の暮らしも、これまでになかった谷底時代で、体調そのものにも狂いが生じたりもしていた。

それから数年がたち、穏やかで落ち着いた日々を過ごしていたのだが、そんな日々にあっても、通奏低音として死の意識は続いていた。ただ淡々と。

あとどれぐらいの時間が残されているのだろう・・

いつでもそう意識していたのだと思う。


これから先、ますますその意識は強くなってゆくと思う。
そこから逆算しての日々は、いろいろな意味で、きっとものすごく濃密な日々になるのかもしれない。
いや、むしろ薄められて、サワサワとした、ひっそりとした日々になるのかもしれない。
両方が渾然として、相変わらずのストラッグルな日々かもしれない。

いずれにしても、もう少し楽しめそうだ。
そういう日々との巡り合い。
そういう自分を知ること。



ミニマムな世界 - 2013.05.28 Tue

ミニマムな世界にハマリ始めると、なかなかソコから出られなくなる。

以前、革のミニチュア・ブーツやミニチュア・バッグを試作していた時期もそうだったな。
今は、小さな小さな端切れを使うパッチワーク。
もっとも正式な(?)技法のものではなく、一応ログ・キャビンを土台にしてはいるけれど、総じて言えばランダム・パッチ。もしくは、クレイジー・パッチ。

何につけ捨てることが下手くそで、布の裁ち切れも然り。
たまりにたまった端切れたちにも日の目を見せてやりたくて。
作業台の上は布だらけ・・

さて、明日の制作はどうしよう。
ミニマムからはかけ離れたデカデカ・ザックリ系ももうひとつ作ってみたいから、きっと小から大へ、大から小へと、2つの世界を行ったり来たりしそうな気がする。

好き・考 - 2013.05.23 Thu

長いこと、書かなかったなと、確信犯的に思う。
ことばを忘れ、ことばから離れて、黙々と作業に没頭する毎日。
無理はいけないから、これはこれでよしっと。

『好き』(『嫌い』も含めてになるかな)を分析するんだとしたら。
色合い、におい、リズム、テンポ、温度、触感、それから理解へ進むだろうそれらすべてを動員して、そこに『好き』とか『嫌い』とかが出てくるんだろうなと、ふと思う。

忌野清志郎と斉藤和義。
彼らの紡ぐ歌詞に、ことばやそれを表現するセンスが好きだ。
何を言っているか以前の、ことばの選び方とか、表現のしかたとか。

たとえば、斉藤和義の『ワンモアタイム』

昨日見た夢の中
僕たちはまだ幼くて
描いてたレボリューション
叶わぬ夢はないと思ってた
・・・

後悔も退屈も知らなくて・・雨でも傘はいらなくて・・
・・・

切なさを蹴り上げて ワンモアタイム・・



このフレーズを耳にしたとき、一気に高校時代を思い出していた。
特に『切なさを蹴り上げて』。
あの頃の詩作風景がわぁっと押し寄せて来た。
何度耳にしても、ぞわーっと鳥肌が立つ(もちろん拒否感ではない)。
うん、何度襲ってきても、心地よいぞわーっだ。


そう言えば、昨日見たテレビ『ミュージックポートレイト』で、
俳優の斉藤工の『好き』が、私のそれと似ていることを知って驚いた。
70年代の文化に大きく影響され触発されているようで、なるほどとうなづく。


子供時代から10代あたりに触れていたもの。
遥かに時を経たのちに思いがけずに出会うと、わけのわからない懐かしさを抱くことがある。
絵画や音楽のように作品と呼ばれるものはもちろんだけれど、季節や自然が醸し出す空気や感触だったり、目には見えない陽射しの当たり具合だったり、生活雑貨品だったり、何かを手にしたときに伝わる触感だったり・・・。
そうしたもののすべてが、年を経てからの五感とつながって、より重層的な『好き』を産んでいるのかもしれない。

そんなことをつらつらと思っていた、今朝のコーヒータイム。

春! - 2013.03.19 Tue

娘、退院。
予定よりもかなり早い退院にホッとする。

強いようでいて実にもろく、もろいようでいてしぶとい。ニンゲン。
心の問題だけではなく、肉体についてだって、実に不可解きわまりないのだと思う。
医学がどれほど進歩しても、生命体のすべてを解明することはできないのだろうね。

満開のコブシの花がそこここに咲き競う中、車の窓を全開にして、娘を迎えに行った。
まだ青白い顔をしているのに、帰宅するやいなや家の中に目配りし始める彼女。

あー、母は強い。主婦はエライ。
私にはもうとても真似できそうにない。
たまの助っ人だからどうにかなったけれど、ずーっとは不可能だと実感させられた1週間だった。

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